何故、乾杯は日本酒なのか

天吹酒造合資会社 [ 2008年10月01日 ]

佐賀県酒造組合会長 木下武文

木下会長(写真)

私たちはあらたまった礼講からにぎやかな無礼講に移るとき、乾杯します。
「みなさまのご健勝とご多幸を祈念して乾杯」と言います。
辞書で「祈念」を引くと「神仏に願いがかなうように祈ること」とあります。なんに向かって祈るのでしょうか。神様、仏様、ご先祖様

農耕民族であり、稲作文化を育てた日本人は昔からやおよろずの神様にお神酒を供えその後それを下げて人々が相伴することによって神と人を密接な関係にし、私たちは神への願いが通じ、神のおかげを授かったとするのであります。このときのお酒はもちろん日本酒です。

昨今はビールで乾杯、シャンペンやワインで乾杯もあります。
西洋渡来の酒で乾杯して、西洋の酒の神様バッカスに願い事をしても聞いてもらえるのでしょか。
もとより日本酒は、「カミに供え、カミと共飲する」ことに始まり、乾杯の発声の前に「皆様の御健勝と御多幸を祈念して」というのも、そこにカミの介在を黙認してのことに相違ないと考えられます。
ならば、日本酒で乾杯をすべきです。

日本文化を、少し巻き戻さなくてはならないのではないのか。
「日本酒で乾杯」の推進運動も、日本文化の根枯れ現象を憂慮する仲間が集まって立ち上げられました。私たちは、まだその根は枯れきっておらず、現在(いま)なら再生も可能だと信じています。
「心の豊かさを失ってしまった現代の日本が再び自国の文化を活性化させるのに日本酒に何ができるか。その具体策のひとつが今回の運動であり、この試みが日本活性化への一部を照らす力になれば誠に幸いだと思います

アジアの中の小国が世界の人々から、日本の方は人間としてすばらしいと賞賛の言葉をいただくためには、文化度、日本らしさを高める必要があると思います。
日本には礼儀作法を始め、数千年にわたって培ったものがあります。世界に誇れる文化があります。
明治維新や戦後捨ててしまった日本らしさは、グローバルな世界になればなるほど必要になります。
ただ単なるアジアの小さな島に住んでいるちょっと器用な人間たちという位置づけでは世界の人から尊敬されません。
この国で育まれてきたよき日本文化の数々。私たちがほんの少し心がけるだけで、まだそれが取りもどせそうです。
乾杯は日本酒でいたしましょうよ。これも、他の酒を拒否するものではありません。これは、日本人としての「心」の問題なのです。